小湊鐵道は大正6年5月19日、本社を千葉市寒川町に置き鉄道に依る一般運輸を主体として、これに関係ある事業を目的として設立致しました。五井から安房小湊(現在のJR外房線「安房小湊」)まで免許を取得し、段階的に工事が進められました。
大正14年3月7日、鉄道線第一期の五井〜里見間が完成し、営業を開始。次いで大正15年9月に第二期工事として里見〜月崎間、さらに昭和3年5月に第三期工事として月崎〜上総中野間が完成しました。
その後、昭和初期の禁輸恐慌と済南事変などの勃発により当初の計画が頓挫してしまい、現在の営業区間である「五井〜上総中野」間39.1キロにおいて運行をしております。
なお社名については、当初の目的地である安房小湊にちなんで「小湊鐵道」と命名しました。
鉄道業の営業開始当時は、従業員130名、機関車3両、客車16両、貨車16両で、一日平均の乗降客は930人でした。
その後、貨物輸送の減少に伴い合理化を図るために、昭和25年から蒸気機関車を内燃動車(ディーゼルカー)に徐々に切り替えていきました。
輸送のピークは昭和48年度で一日あたりの輸送人員は12,000人でした。その後輸送力の増強と合理化を図るため、同年11月、五井〜上総牛久間に単線自動閉塞装置を導入し、車両も総括制御運転の出来るディーゼルカーに切り替え、保安度の向上と効率的な輸送体制を整えました。
昭和51年には光風台団地近くに新駅の建設を行い、光風台駅として同年12月23日から営業を開始しました。これに伴い沿線開発も次第に進んできたため、昭和59年12月および昭和63年3月と2回にわたり大幅なダイヤ改正を実施して利便性の向上を努めました。
現在は車両14両、列車本数59本(平日)、一日平均乗降客は約4,000人となっております。